令和元年度「水の旅学」学習会~第6回/松任について

「水の旅学」とは、白山手取川ジオパークをより深く知ってもらうための学習会です。午前中の座学と午後の現地見学会(任意参加)という構成で開かれています。今年度の大テーマは「白山手取川ジオパークのストーリー」どこへ連れて行ってくれるのか、毎回愉しみです🎵

目次

◆「水の旅」今回のテーマは「松任」

前夜は初雪が降った
一夜明けた薄化粧の白山の麗しいこと♪

◆ 嬉しい♪「住みよさランキング全国一」

麗し白山を眺めた場所は、白山市民交流センター(白山市役所のお隣)の展望ロビー。今回はここの研修室で青木先生の講義。

白山市に移り住んで6年余り、合併前は「松任」と呼ばれていたところに自分は住んでいる。ホントならこれまで学んできたどこよりも、知っていてあたりまえのはず、だけどあまり知りません(かなり無頓着に生きてきてるよーな💦)

そういえば、素晴らしい栄誉をいただきました!
白山市は「住みよさランキング全国一」なのだそうです🎵

その中心にあるここ松任地区、これを機会にちゃんと向き合わねばなりませんね
一体全体、松任って何?

 

座学は、これまでのおさらいを兼ねた、手取川扇状地のストーリーから始まりました。

扇の真ん中から先端にかけて広がる肥沃な大地。それを作り上げたのは、暴れん坊-手取川が運び続けた水と土砂。

この頃は「1000年に一度」とよく言われるけれど、先史時代から 大洪水が何度も起こってきたおかげで、とても滑らかな地面ができました。

なぜこうも頻繁に水害が起こるかと言えば、手取層と火山体が崩れやすくもろいからでした。

皮肉なことだけど、厄介な土石流も長い目で見れば人の役に立っている。というかピンチをチャンスに変えていく、人間の英知に敬服するばかりです。

松任城が築かれたのは平安時代で、そこは扇状地の中でも標高が高め、水害が及びにくい場所を選んでます。戦になれば、手取川を渡ってくる敵軍を迎え撃つという重要なお役目がありました。

そして水の恵みと言えばまずは「七ケ用水」。鶴来編で見聞した水利用の土木技術が施され、張り巡らされた水路のおかげで一大穀倉地帯ができあがりました。

藩政期には裏作として菜種の生産もされていました。白山菊酒の醸造元のひとつ「高砂酒造」さんは、もとは「菜種油絞り油業」を生業にしていたというのは初耳!

あと盛んだったのが、「松任紬」と呼ばれる絹織物業とか、「松任染」と呼ばれた染色業。これら特産品を生み出せたのも、豊富で清らかな水の恵みがあったからこそです。

現在この地で生み出される有名食品と言えば、「チャンピオンカレー」「圓八のあんころ」「手取川(吉田酒造)」「天狗舞(車多酒造)」「高砂(高砂酒造)」等など。

松任は、あの有名ブランド「白山菊酒」の醸造元を3つも有しています。手取川の地下水を
自前の井戸で汲み上げて使うことが条件だそうです。これはじつに誇らしい♪

他にも手取川がもたらす豊富な水資源は、全国からさまざまな企業を呼び寄せています。

と、座学はここまで、そろそろ外へ繰り出しましょうか

最初に訪れたのはここ、かなりレア⁈(笑)

◆ 松任上水道センター ◆

松任上水道センター
白山市石同新町195番地1
RC造 地下1階 地上2階
延べ床面積 1,226㎡

バスを降りて驚きました。この建物を知っています!3日と開けず前を通っていたからです。でも何の建物なのかは、知る由もありませんでした。周辺の他の建物、銀行やコンビニやドラックストアに行くために素通りするだけ💦 

上水施設があったとは… エントランスには

マンホールの蓋⁈

絵模様が楽しいですね♪あさがおは白山市の花、北前船らしき帆船が描かれているのは美川地区のものでしょうか♪そういえば、真ん中のマークは、白山市が統合される前の自治体の紋章です。水道局らしい出迎え方に気持ちがほぐれました♪

白山市を網羅する上水道を管理する重要な施設。昭和41年に旧松任市の市街地が、簡易水道を統廃合して給水を開始。以来4次にわたり上水道拡張事業の整備を図ってきました。

設備機器は中央監視システム化されていて、需要量(配水量)の予測と配分、配水吐出圧の最適な制御を行う。

給水区域は松任全域ではない(千代野は含まない)が、平成30年度末現在、4万人近い人口を賄っていること。質疑応答のあと更に館外で説明を受けます。

敷地内にある 取水設備
しっかりと施錠されたこの蓋の下には地下水があります

給水車/2,000㍑ を運べます
宮城県大崎市に給水活動に行ったことがあるそうです

館内に戻って

停電時に備えた自家発電設備を見学

電気が止まったら水の供給も止まります
定期点検はかかせません

地下スペースには
配水ポンプ4台置かれていました

両吸込渦巻ポンプ

次亜塩素酸ナトリウム溶液

水を滅菌するために必要ですね。適正な配水残塩素濃度になるように自動制御されているそうです。水道水の水質については、法令による水質基準が定められていて、定期的に検査を実施しています。水質基準に照らし合わせて、より安全な水の供給に取り組んでいるそうです。

館内での説明が終わって外へでてみると、奇妙なステンレスの外装建築物。これはときどき見かけますね。

配水池 だったとは!

コンクリート造りの配水池建物もありました。2つ合わせて6,000㎥の水を貯えることができ、ここから配水ポンプ設備へと送られます。

実際には一滴の水も見てないし触ってもいないので、実感が湧きにくかったのですが、青木先生が何度も言っておられた

「こんなにきれいで美味しい水は他にはない!」という言葉にはつくづく同感♪

やっぱり私たちの体に直接入るものだし、ずっと飲み続けるものですからね、余計なものは入っていて欲しくないです。最低限の塩素以外、手を加える必要のない水が、絶えず私たちの足元、地中深くを一年中流れている。そんな恵まれた地に私たちは住んでいるのです。

都会では手に入らない恩恵、その認識を新たにしました。見学できた意義は大きかったです。

◆ 松任海浜公園周辺 ◆

次に訪れたのは 松任海浜公園でした。
高速道路の上に架かる橋の名は「ラブリッジ💓」 愛の橋を渡ると

冬の 日本海 が見えました!

彼方に 離岸堤が見えます。離岸堤は海岸の沖合に設けられる侵食防止のための堤防状の構造物です。

青木先生の解説が始まりました♪

「保全」という言葉が、こんなにも心に刺さった場所があったろうか。

ここ松任海浜公園は昭和の頃、砂浜がわずか40mになったことがあったそうです。現在は150mまで回復しましたが、航空写真で見ると恐いですね。

山でダムや堰堤が造られ土砂を堰き止めたおかげで、大水害は起こりにくくなりました。しかし平地での安心・安全を得た代わりに、海沿いでの生活は危険を増してしまったようです。

砂浜は沖で波を砕き、岸で波を弱める。砂浜の消失は越波を増大させ、海水の浸入を招くことになります。人が壊したものは人の力で回復・維持するべき

なにより、心に刻まれた美しい思い出が、ホントに形のないものになってしまうのが悲しい。

冬の日本海もいいもんです♪
鉛色の空がちょっとうら寂しいですが

移動します

始めて 展望休憩所に上がってみました🎵

穏やかでいい景色♪ 

周辺には、芝生広場や大型複合遊具。バーベキュー広場もあるなんて知りませんでした!
パークゴルフをされてる年配者もいて、子どもから大人まで楽しめる憩いの場所といった感じです。

最後に見せてくれたところもかなりレアなスポットでした!

北陸自動車道のすぐそばに来ました。ガードレールがとっても近い!そして通常は入れない階段、なぜここに来たのかといえば

相川新町津波避難階段

これは、津波被害を軽減するための対策の一つなのです。浸水が想定される区域内の方たちが、高台にある道路に避難するための階段でした。

有事にはこの階段を上っていいということです。(道路に出てはダメです)

考えましたね♪というかこういう危機対策も高速道路建設には織り込み済みなのかもしれませんね♪ もともと高い位置にあるんだし、ナイスアイデアだと思います♪

 

で、 水の旅 の行きつくところは ということで、とうとうゴールまで来てしまいました!
でも終わりじゃありませんからね。ここからまた新たな水の循環が始まるのです。

気持ちはもうかの地に飛んでいます!
また行かねばなりませんね、最初の一滴に触れるために、麗しの白山に!

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました